“一陣の風に 燭台の灯りは掻き消え
一杯に埋まった客席が 静まりかえる
緋色の緞帳が音もなく上がり
今、悲劇の幕が開く”
当時の私の全てを捧げた、あの脚本。あの舞台。
会場の片隅で見守って下さっていたと、貴方が逝って、初めて聞かされました。
全てが終わった後、詰めていた息を一気に吐き出すような呼吸を数度繰り返してから
「……そうか。これがそうか。これがオマエなのだな……」
そう囁かれた、と。
一番観ていただきたかった方は観て下さらなかったのだと、ずっと思い込んでいたのに。
忘却の彼方になってから初めて、それも他者の口から聞かされるなんて。
「他の誰に言ってもいいが、アイツにだけは伝えるな」と、周囲に箝口令を敷いていたそうですね。
アイツにだけはこんな姿を見せたくない、と。元気に怒鳴り散らしていた姿だけ覚えていて欲しいから、と。
「オマエみたいに暇じゃないんだ」なんて……大嘘吐き。
おかげさまで、最後の最後まで、こうと決めたらテコでも動かせない頑固爺の印象が鮮明に残されましたよ。
先生……狡いよ。狡いです。狡すぎます。
……言いたいことがあったのに。伝えたいことが……あったのに。
文句の1つや2つや3つ……じゃ治まらない。
治まる訳、ないじゃないですか! 特にこんな逝き方されたら。
こんなに月日が経って
貴方の傍を離れて
芝居を捨てさえした私を
それでも貴方は、こんな私を、最後の最後まで一番弟子だと思ってくれてたなんて。
狡いよ、狡すぎます……。
お逢いしたかった。
どんなにやせ細って、どんなに小さい爺ちゃんになっちゃってたとしても。
私がそれで怯むとお思いでしたか?
私が貴方を侮るとでも?
こんな形で
遺言なんて形で
どうしろって言うんですか。
冗談キツいよ、先生……。
覚えてますか?
「私にとって、2大師匠のお一人ではあるけど、唯一じゃありません」
なんて。
そんな生意気言った小娘を。
今も変わりません。
……そりゃ、月日とともに色々変わったけど、でも、根底は変わってません。
変わりようがないのですね。
仰ってたこと、最近、やっと納得できた気がします。
オマエなんぞ、誰が弟子と認めるかって仰ってたのに……。
全てご存知だったのですね。
あの時の私を
私の心の葛藤も
何が支配していたかも。
そこをあえて、あんな芝居させたなんて、サドですね、先生(笑)
『役者たるもの、笑顔はデフォルト。そして、常に心にコメディーを』
オマエにしては良いこと言うな、と、唯一お褒め頂いた言葉。
自分で発しておきながら、今になってやっと、心底理解できた気がします。
出来が悪い弟子ですみません。
私がこれからどんな人生を送ろうと。
例え、舞台には二度と立てずじまいだったとしても。
頂いたお言葉をしっかりと心に刻み付けて
ちゃんと ”生きて” いくことを
ここに、誓います。
例え何を忘れても、これだけは忘れるな。
愛し子よ。オマエはな、生まれながらの役者だ。
そして俺は、”芝居” がかろうじてこの世にオマエを繋ぎ止めていた時期があったことを知っている。
”芝居” がオマエを生かし続けてくれたんだ。”舞台” がオマエの鎧だった。
今、もし、オマエが生きていて良かったと思うなら
その命の恩人を、決して、捨ててくれるな。
これは俺の遺言だ。